今日は地元の友達から連絡がありました。
「ことしは何だかすべてが上手くいかなくて、お祓いにでも行ってこようかと思っている」と言っていました。
Σ(゚Д゚)
「お祓いに行って何か変わるわけではないと思うけど、気休めにはなるかな」と。
何をやってもうまく行かない時期って誰にでもあるものですね。
つらい日々は誰にもある
わたしは40代のころ、とてもつらい時期が長くありました。
「人間不信って本当にあるんだ」と実感したことも。
それも一度や二度じゃなくて、何度か経験しましたよ。
(゚Д゚;)
沖縄という土地の風習や文化にもなかなかなじめなくてね。
おまけに夫のモラハラが絶頂期だったこともあって、一体これからどうすれば良いかと、途方に暮れる毎日でした。
いま思うと、「よくがんばっていたなわたし」って感じです。
(⌒∇⌒)
子どもたちがいなかったら、どうなっていたことやら。
子どもがいることで、支えになったことがたくさんあったなと思います。
子どもを通じて、いろんな出会いがあったり、いろんなところへ行ったり。
そういった行動をすることで、ずいぶんと気がまぎれて、またがんばろうという気持ちになりました。
神は乗り越えられない試練は与えない
ドラマJINで言われていたことばですが、これは聖書に書かれている教えですね。
「神は真実な方ですから、あなたがたを耐えられないほどの試練に会わせることはありません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」コリント人への第一の手紙 10章13節
「試練とともに脱出の道も備えてくださいます」というのがすごいと思いませんか。
過去を振り返ってみても、なんだかんだいって、つらい時期を脱しているんですよね。
だからいまこうして生きている。
脱出の方法
脱出の方法は人それぞれ違いますから、自分で見つけなくてはなりません。
わたしの場合は、子どもに関することが助けになりました。
それと、紙にいろんなことを書いていました。
書いているうちに、心の中が整理されたり、気持ちが落ち着いてきたり。
書くことで叶った願いもいくつもあったりして、書くことの力はすごいなと思いました。
物事が落ち着いてくると、書くのを止めてしまいましたけど、つらいことがあったらまた書けばいいのです。
書いているうちに、脱出の方法が何となく浮かんでくることもありますから。
それに従って行動してみると、呆気なく脱出できたりしてね。
沖縄にいたころは、海が近かったので、海に向かって嫌な感情を投げ込んだりもしていました。
(^▽^)/
いま思うと、すべてがよい思い出です。
そして、あの頃があったから、またつらいときが来ても乗り切れる気がしています。
あれ以上どん底な日々は、もう絶対にないって決まっていますから、大丈夫。
(^▽^)/
そう信じて、今日もなんとかがんばっています。(苦笑)
まとめ
いまは海の近くに住んでいないので、嫌な感情を海になげることはできません。
でも
家のすぐ近くに川があるのですよ。
\(◎o◎)/!
神さまは、海のかわりに川をわたしに用意してくれました。
最近、洗濯モノを干した後、ベランダでしばらくボーッとしている時間がお気に入りなのですが、ベランダから川が見えるのです。
あるとき、「海でやっていたことを川でもできるよね」って急にひらめきました。
脱出の道をちゃんと備えてくださっている。(笑)
つらい道に入ってしまっても、脱出のヒントが必ず隠れているから、それを探せばよいのです。
そんな風に考えると、ヒントを探すのが楽しくなります。
必ず脱出できるから大丈夫って。(^▽^)/
わたしもこのところ、思うようにいかないことが多くてね。
川に嫌な感情をたくさん投げいれて、スッキリしたら、新しい道を探す気力も沸いてくるかな。
そんなことを思いながら、脱出のヒントを探す今日この頃です。(苦笑)
今日もお読みいただきありがとうございました。
ではまた